『内観』とは

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『内観』とは

『内観』で現実の自分を知る

内観とは/写真故吉本伊信先生の考案された『内観』は心の浄化の基礎とも言えるものです。ひと言で言えば『内観』とは、自分の今までの生涯を振り返ることで現実の自分を知る方法です。

そもそも『内観』の出所を探っていくと元はお釈迦様の教えの一つにあるようです。お釈迦様の教えの中に『八正道』という生き方の指針となる基準があります。『正見』『正思』『正語』『正業』『正命』『正精進』『正念』『正定』の八つの基準です。
このうち、『内観』の元になったのは八正道の基本ともいえる『正見』を得るための方法ではないかと思います。わかりやすくいえば、『内観』とは私たちが物事を正しく見る具体的な方法といえるでしょう。
『正しく見る』ことが出来れば、『正しく思う』ことも『正しく語る』ことも『正しく行いをする』ことも『正しく努力する』ことも出来ます。つまり、『正しく見る』で正しい生き方の実践が始まるのです。

このお釈迦様の八正道は、経典を通して弟子たちに受け継がれ、やがて浄土真宗の始祖である親鸞上人が、これをもとに京都の仏堂、六角堂で修行を重ね『身調べ法』を考案されました。

この脈々と受け継がれてきた『身調べ法』を吉本先生の努力によって、そこから宗教色を取り除き、老若男女誰もが抵抗無く出来る『内観』という方法があみ出された結果、一宗一派に関係なく無信仰の人々の中にも『内観』が普及して行きました。

内観とは『お世話』『お返し』『迷惑』によって自己を振り返ること

内観とは/イラストでは、『内観』とはどのように行うのでしょうか。簡単に言えば『内観』は、今まで私たちが周囲の人々に『お世話になったこと』『お返しをしたこと』『迷惑をかけたこと』の三つを通して過去の自分を振り返ります。それによって、今、ある自分が客観的に見えてきます。
『汝自身を知れ』、これはギリシャの偉大な哲学者、ソクラテスの有名な言葉です。はるか古代から自分を顧みることの大切さを哲人たちは知っていました。言ってみれば『お世話』『お返し』『迷惑』の三つによって、自分を振りかえる作業が『内観』なのです。

心の浄化のための瞑想は、『内観』の他にも『止観瞑想』『対人関係調和の瞑想』があります。これらの瞑想は、私たちが今までの人生で関わってきた人々一人一人と自分との関係を見ていきます。
また『止観瞑想』や『対人関係調和の瞑想』によってこれまでの人生を振り返って、心にわだかまっている問題や事件、また、悩みの対象となった人や、思い出したくない人を対象に選んで行うと、嘘のように悩みから開放され、心の中はさわやかになり、その対象となった相手の方や問題から、色々なことが学べます。

心の浄化の第一ステップである『内観』では、私たちの人生で一番お世話になった人から順番に行っていきます。特別な例は除いて、多くの人々が。もっともお世話になったと思われる人は母親です。もし、あなたが幼いときに母親と生き別れになったり、様々な事情で他の人に育てられたとしたら、育ててくださった方に対して行いますが、一般的には先ずお母さんを対象に行います。

母親に対して、お世話になったこと、お返しをしたこと、迷惑をかけたことを全て思い出すわけですが、この『内観』の三つの項目についてちょっと説明をしておきましょう。

『内観』に於ける「お世話になったこと」とは、あなたが母親から受けた愛情の全てです。お世話になったことは、なにも特別な出来事だけではありません。子供の頃なら、おむつを替えてもらった、食事を作ってもらったなど、親ならごく当たり前のことだとあなたが思っている些細なことも全て思い出してください。

また、『内観』に於ける「迷惑」とは文字通り、相手に迷惑をかけたことで、人を傷つけたことや、人に嫌われたこと、人を悲しませたことなどです。例えば愚痴を言うのも、相手の貴重な時間を奪い、相手に嫌な思いをさせるのですから、立派な迷惑です。更に門限までに家に帰らず相手を困らせたこともお母さんに迷惑をかけたことのひとつです。

一方、「お返し」とは、一言で言えば相手を喜ばせた行為です。子供の頃、お母さんの肩たたきをした、あるいは、喜んでお手伝いをした、子供の義務は学校へ行って勉強することですから、頑張って学校の成績を上げたというのもお返しです。

と言っても、純粋にお母さんの喜ぶ顔が見たいといった気持ちから発した行為でなければ、お返しとはいいません。本当はやりたくないのに、お小遣い欲しさにいやいや手伝ったというのでは、お返しにはなりません。あくまでも心から母親にしてあげたいと思った行為だけがお返しです。

『内観』で、今までの人生を全て再現してみる

内観とは/写真『内観』では、0歳から五歳、五歳から十歳、十歳から十五歳とあなたのいままでの人生を区切って順に思い出していきます。これは『内観』の大きな目的が、過去の自分を振り返って本当の自分を知るところにあるからです。良い悪いではなく、これまでに母親に何をしてもらったのか、出来る限り具体的に事実だけを思い出していきます。

赤ちゃんのときに、おむつを取り替えてもらったのも、ミルクを飲ませてもらったのもお世話のひとつです。最初のうちはこんなことは当然と思うかもしれませんが、その思いはともかく横において、事実だけを追ってください。

何故、思い出すことが重要なのか

内観とは/イラスト

それでは何故、自分の過去を『思い出す』という行為が、それほどまでに大切なのでしょうか。

実際に『内観』を行ってみていただければわかるかと思いますが、実は0歳から十歳位までのことは、思い出すのが一番難しいのです。けれども、0歳から五歳までのことを思い出せないからといってすぐに諦めてやめてしまわないでください。何故かというと、子供時代は、ほとんどの方が親の愛を無条件に受けている、重要な時期だからです。現在、あなたが、ご両親との間にトラブルを抱えていたり、少しも世話をしてくれなかったと恨んでいるとしても、0歳から五歳ぐらいまでには、とても愛情を注がれていることが多いのです。

あなたがお年を召されていて、幼いころの記憶がほとんど無いとしても、心配は要りません。実際、セミナーに参加された六十歳の方が『内観』をしたときは、最初は幼い頃の出来事や生活がまったく思い出せなかったのに、最終日にまるで映画を見るように、自分の幼児の頃の記憶を取り戻しました。しかも、幼い頃、母親に抱かれていたときの母親の匂いまで甦ってきたそうです。
生まれてから今日に至るまでにあなたの思ったこと、行ったことの全ては、表面意識がいくら忘れていようと、潜在意識には、ビデオテープやフロッピーに刻まれるように全てが記憶されているのです。

また、子供の頃の自分を知ることには、自分自身のカルマをつかむという重要な意味があります。私たちのカルマというのは、殆どが十歳くらいまでに根っこがあるからです。
もちろん、そのカルマは、大人になってからもずっと、あなたの人生に様々なトラブルを引き起こします。しかし年齢を重ねるにつれて、単純なカルマに色々な尾ひれが付くため、状況が複雑に絡み合ってしまうのです。そのために多くの人が、いったい、自分のカルマがどこにあるのか、わからなくなってしまうのです。

ところが子供時代には、単純な状態で、カルマがはっきりと出ています。
自分の欲望を通さずにはいられないとか、自分の失敗をすぐ他人のせいにするとかいったカルマが、現在の自分から振り返れば、一目瞭然な形で現れているのです。そういった意味で、子供時代のカルマを発見することは非常に大切です。

どうも引っ込み思案で困る、対人恐怖症で苦しんでいる、人生を前向きに考えられない、何事に対しても無関心だ、そのようなあなたの根本原因は、すでに子供の頃に芽生えているのです。ですから、その原因に気づくことが出来れば、今後の人生での対応方法が解かります。その結果、あなたの悩みを根本から解決することが可能となるのです。

『心の曇りが晴れる本』より抜粋

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